ぼくが ここに まど・みちお
ぼくが ここに いるとき
ほかの どんなものも
ぼくに かさなって
ここに いることは できない
もしも ゾウが ここに いるならば
そのゾウだけ
マメが いるならば
その一つぶの マメだけ
しか ここに いることは できない
ああ このちきゅうの うえでは
こんなに だいじに
まもられているのだ
どんなものが どんなところに
いるときにも
その「いること」こそが
なににも まして
すばらしいこと として
すべて現実のものは、ある一定の空間を占めています。占めない限り存在し得ません。存在するものはすべてこの世に「いること」が保障されているということです。
これを命あるものに敷衍すれば、心のはたらきとしての考え、感情、意志、興味、好き嫌い等、頭の中に思い浮かぶすべての「思うこと」の存在が保障されていることになります。
一粒のマメが、もしその「いること」を否定されようとすれば全身で抵抗するように、誰でも自由に「思うこと」を否定されれば抵抗するでしょう。今の世の中で他人が「思うこと」を禁止する人はいないでしょうが、それと似たことはあるかも知れません。頭ごなしに納得できないことをいわれ続けること、理不尽なことを強制されること、いくら自分の考えを話しても理解してもらえないこと、相手の固定観念でいつも決めつけられること等々。
自分の存在を否定されるような場の中では、いわゆる違和感のようなものを感じます。このような時、耐えることも必要ですがそれも程度の問題です。我慢し続けることで心のエネルギーを減らしていくことになります。自分の思いを外に出すことによって、自分の存在を示すことが大切です。
一粒のマメが全存在をかけて自分の空間を主張するように、自分の「思うこと」に自信を持ち、自分の存在に勇気を持ちましょう。
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