むかで やすじ 『こころとあし』
ぼくの こころが ないてるときも
ぼくの あしは おまつりをしている
わっしょい わっしょい ざっざっざっ
すると こころも なんだか わらえてきて
いっしょに かけごえを かけている
それいけ それいけ わっしょい わっしょい
だから ぼくは あまり なけない
工藤直子さんの詩集「のはら うた」からです。この詩の作者は野原にすんでいる百足(むかで)君という設定になっています。百足君の足がかってにわさわさ動いて、見ているひとも可笑しくなってしまいそうです。
この詩は、心と身体の関係をみごとに表現しています。喜怒哀楽の感情は、それぞれに動作をともないます。うれしいと手をたたいたり、怒ると怒鳴ったり、哀しいと泣いたり、楽しい時は笑ったりします。この時、感情と動作はどちらが先かと聞かれると、「悲しいから泣く」のだから当然感情が先であると思うでしょう。でも皆さんは小さな子どもの頃、泣きながら自分がなんで泣いているのか分からなくなった経験はありませんか。
19世紀終わりに、アメリカの心理学者ウィリアム・ジェームズは、ひとは「涙が出るから悲しく、ひとを殴るから腹が立ち、身震いするから恐ろしくなる」という説を立てました。その後の研究で、現在では両方は並行して生じているという結論になっています。どちらが先というよりも、同時にお互いが強め合うということです。だから気持ちが沈んだ時は、身体がうれしくなることをすれば自然に楽しい気持ちがわいてきます。
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